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マインドフルネスの日々5
2013 / 06 / 03 ( Mon )
マインドフルネスの源流である仏教の瞑想から、それが心理臨床に取り入れられた時、“気づき”という心の在り方を重視しましたが、それ以外の部分はあまり明示的に重視されなかったと思っているのは私だけでしょうか?

心理臨床であまり言及されない内容に、慈しむという心の在り方があります。
それは、自分を慈しみ、他人を慈しむという心の在り方です。

自分を価値判断せずにありのままに受け止めていくことは、
“気づく”ということと“慈しむ”ということが両輪であるように、私は思います。

マインドフルネスの分野で有名なジョン・カバットジンのマインドフルネスの誘導文の中には、
このことを示すと思われる内容が出てきます。

“…、実践を邪魔するもの、あるいは不愉快な感情や思考、感情がある場合も同じです。それらに自動的に反応せず、出来る限りオープンで思いやりに満ちた注意を向けて、安らぐことが特に重要なのです。…”

そして、バンテ・H・グナラタナは、はっきりと次のように記述しています。

“慈しみは気づきと密接に関連しています。慈しみがなければ、気づきを実践するとき欲望や凝り固まった「我」の問題を解決することは決してできないでしょう。一方、気づきは慈しみを育てるのに欠かせない条件です。気づきと慈しみは常にお互い育てあうのです。”

マインドフルネス(気づき)がいろいろな心理療法に広がっていますが、
マインドフルネス(気づき)を実践する時、同時に慈しむことを意識してみませんか。


参考文献
ジョン・カバットジン(2012).マインドフルネスを始めたいあなたへ 星和書店
マーク・ウィリアムズ他(2012).うつのためのマインドフルネス実践 星和書店
バンテ・H・グナラタナ(2012).マインドフルネス 気づきの瞑想 サンガ
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